『私はゴッホにはなりたくない』
ライブ「AIMYON BUDOKAN -1995-」にて、「いつまでも」を歌唱中にあいみょんが語ったセリフが今でも忘れられません。どんな思いでその言葉を放ったのか、どんな思いでこの曲を作ったのか。
今回はそんな事を考えながら、歌詞を深堀りしていきたいと思います。
目次
どんな曲?
まだ聴いたことがない人は…
出典:Itsumademo
楽曲詳細
リリース日&収録
2017年9月13日 発売 1stアルバム「青春のエキサイトメント」
曲の長さ
3:03(イントロ 0:09)
視点
あいみょん自身
タイアップ
–
テーマ
この曲のテーマは、「信念と覚悟」です。
同情で目を引くようなことはしたくない。実力をつけてそれを認めてもらって、そして生きているうちに評価されたい。そんなあいみょんの思いが込められている楽曲です。
歌詞の意味を深堀り!
ここからは、「いつまでも」の歌詞について(部分的に区切っていきながら)迫っていきたいと思います。
「死んだ友達がさぁ」〜
「死んだ友達がさぁ」って語れば売れんのか?
結局この世の表現ってのは
同情だけで成り立ってんのかなあ出典:「いつまでも」作詞あいみょん
この部分の意味はあいみょんの言葉をそのまま引用します。
『死んだ友達が』とか、歌の前置きでそういうこと言ったら売れるのかなとか、同情されれば注目されるのかなって思うと、もうそんなんやったら普通に音楽やってても意味ないやとか、いろいろ考えてしまって… ーあいみょん
「本気でやってんだ」〜
「本気でやってんだ」って叫んでも
結果がなきゃ大人は見捨てる
結局腐りやすい生物でしかないから
生き急ぐ 21出典:「いつまでも」作詞あいみょん
本気でやっているかではなく、結果が全ての世界に身をおいているあいみょん。「絶対に結果を出さなければいけない。そうしなければいつ見捨てられるか分からない」という思いが強かった時代と言えます。
そういった意味で、生き急いでいた21歳。
どれだけ最低で〜
どれだけ最低で どれだけ最悪な生き方でもいい
死んだ後に天才だったなんて
死んでも言われたくないもんな出典:「いつまでも」作詞あいみょん
ここでもあいみょんの言葉をそのまま引用したいと思います。
例えばゴッホの『ひまわり』はゴッホが亡くなってから評価されたじゃないですか。でもそれって『ゴッホ何もうれしくないやん』って。それも結局同情じゃないの?って。いっぱい描き残して、亡くなってしまって、『かわいそう、彼は天才やったのに』って言うのは、ただの同情やと思うので。それやったら、今のうちに天才って言われて死にたい──っていう、そういう曲です(笑)。だから、今どんだけ性格悪いとかクソとか思われてもいいから、天才って言われるまで這い上がりたいです。
「昔は貧乏でさぁ」〜
「昔は貧乏でさぁ」って話せば泣けんのか?
結局この世の表現ってのは
同情だけで成り立ってんのかなあ出典:「いつまでも」作詞あいみょん
先程の「友達が死んだ」と同様、「昔は貧乏でさぁ」というと世間から同情を求める。こういった歌や表現はたくさん世の中にありますが、それでいいのかというアンチテーゼです。
それなりの生活や〜
それなりの生活や ありきたりなごまかし方で
今を生きる クソみたいな歌だと貶してくれよ
まだまだ燃えていたいんだ(中略)
出典:「いつまでも」作詞あいみょん
”クソみたいな歌だ”と言われていも良い。でも決して他人に同情を求めることはしないし、自分に嘘もつかない。ありのままの自分を生きていきたい。
これからも、同じ思いでずっと燃えていたい。
まとめ
あいみょんは燃え続ける!
同情を煽るようなテレビ番組などをよく目にするけれど、何か引っかかる様な感覚に陥ることが今までに何度もありました。
やっぱり同情で自分を慰めてもらうことっていうのはその場しのぎでしかなくて、最終的には自分の実力で切り開いていかなければならない。この歌を聞いた後、そんなことを気づかせてもらいました。
そして、この歌を出して以降もあいみょんはずっと燃え続けていくことでしょう。これからもずっと応援していきたいっ!と改めて思いました。
おまけ:あいみょんの言葉
上京したての頃に作った歌で、西宮に帰りたいっていう気持ちもあったし、音楽に対していろいろ考えてて……歌詞のとおりなんですよ、うん(笑)。『死んだ友達が』とか、歌の前置きでそういうこと言ったら売れるのかなとか、同情されれば注目されるのかなって思うと、もうそんなんやったら普通に音楽やってても意味ないやとか、いろいろ考えてしまって。でもそういう曲っていっぱいあるじゃないですか。たとえば『亡くなった誰かのために書きました』とか。もうそんなん言わんといてくれって思ったんですよ。結局同情かいって。たぶんすごくひねくれてた時期ですね。今はもうそんなこと思わないです(笑)
あと、『死んだ後に天才って言われたくない』っていう思いは、それは今でもそうなんですよ。例えばゴッホの『ひまわり』はゴッホが亡くなってから評価されたじゃないですか。でもそれって『ゴッホ何もうれしくないやん』って。それも結局同情じゃないの?って。いっぱい描き残して、亡くなってしまって、『かわいそう、彼は天才やったのに』って言うのは、ただの同情やと思うので。それやったら、今のうちに天才って言われて死にたい──っていう、そういう曲です(笑)。だから、今どんだけ性格悪いとかクソとか思われてもいいから、天才って言われるまで這い上がりたいです。