歌詞の意味

あいみょん「マトリョーシカ」歌詞の意味を考察丨女性の持つ”二面性”を見事に表現!

スタイリッシュなギターサウンドのイントロが印象的な「マトリョーシカ」。どこか懐かしさすら感じるメロディーと独特の歌詞が視聴するすべての人を魅了する楽曲です。

ここでは、「マトリョーシカ」の歌詞の考察を行っていきます!

どんな曲?

まだ聴いたことがない人は…

まだ聴いたことがない人は、ぜひ一度実際の楽曲を聴いてから歌詞の意味をご覧ください!きっとあいみょんの世界観に引き込まれていくことでしょう。

楽曲詳細

リリース日&収録

2017年9月13日 発売 1stアルバム「青春のエキサイトメント」

曲の長さ

3:43(イントロ 0:17)

視点

女性

テーマ

この曲のテーマは「女性の持つ二面性」です。

女性の隠された内面と本性をマトリョーシカ に例えて表現。本当の姿を相手に見せるべきか、女性の心の内を描いています。

歌詞の意味を深堀り!

ここからは、「マトリョーシカ」の歌詞について(部分的に区切っていきながら)迫っていきたいと思います。

全て個人的な見解ですので、正解というわけではありませんのでご了承ください。みなさんもこの記事を参考にして、ぜひ自分なりの解釈を考えてみてください!

あいつの全てを知り尽くし〜

あいつの全てを知り尽くし 尻に敷いてしまいたいわ
いい子のふりしたマトリョーシカ 二つ目の顔を見せましょうか

遠回しすぎる台詞ばっかで セルフな恋に飽き飽きして
それでも好きとか言ってしまうこと
恥ずかしいなんて もうなくなった
近いうちいに愛されるかな わたしわたし

出典:「マトリョーシカ」作詞あいみょん

普段、彼の前ではいい子を演じている”私”。今こそ、本当の自分をさらけ出してしまおうか。

ぽんすきぃ
ぽんすきぃ
「2つ目の顔」で、マトリョーシカでいう中に隠れたもうひとりの自分を示しています。

彼からあまり愛されていないと感じている”私”。本当の自分をさらけ出すことで、愛してもらえるのだろうか。

キラキラに光る何かを追いかけて〜

キラキラに光る何かを追いかけて
わたしはそれでも愛されなくて
本当の自分を隠し続けてる
わたしはいつでもマトリョーシカ

出典:「マトリョーシカ」作詞あいみょん

理想を追い求めて自分を磨いてきたけれど、結局それでも彼は自分を愛してくれない。それは、本当の自分を隠しているからなのか。

寝る間を惜しんで書いた手紙〜

寝る間を惜しんで書いた手紙
もうメイクも何もかもが無駄ね
殻に閉じこもったマトリョーシカ
せめて神棚に添えてほしいわよ
近いうちに愛されるかな わたしわたし

出典:「マトリョーシカ」作詞あいみょん

必死に書いた手紙も、彼のために頑張ったメイクも全てが無駄だった。もう本当の自分をさらけ出すことは怖くて出来ない。ずっとこのままなのか。果たして愛してもらえるのか。

ぽんすきぃ
ぽんすきぃ
「せめて神棚に添えてほしい」という表現で、(マトリョーシカで遊ばないまでも)せめて神棚に置いて大切に置いておいてほしいという彼女のせめてもの願いが感じられます。

キラキラに光る何かが欲しかった〜

キラキラに光る何かが欲しかった
わたしは一度も愛されないの
本当のあなたも知らないままなの
わたしはあなたのものでしょうか

出典:「マトリョーシカ」作詞あいみょん

彼の目を引く何かが欲しかったが、手に入らないまま。このままでは、彼の本当の気持ちも分からないままになってしまう。

笑っているふりが得意になっちゃった〜

笑っているふりが得意になっちゃった
二つ目の顔には 青い何かが流れている
水たまりができて 溢れちゃいそうだ
溢れちゃいそうだ 溢れちゃいそうだ

出典:「マトリョーシカ」作詞あいみょん

結局、本当の気持ちを隠したまま作り笑いをし続けてしまっている。「水たまりができて溢れちゃいそうだ」という表現から、”青い何か”が涙ではないかと連想できます。

本当の自分(二つ目の顔)は、もう限界で涙が流れてしまいそうな状況のようです。

まとめ

隠された心の中

上手く付き合えていると思っている間柄でも、心の奥底では相手にどう思われているかは分かりません。どんなに信頼関係を築き上げても、他人であることにはかわりありません。特に男女関係ではどちらかが我慢をしていたり、何かを隠していたりする場合も多いのではないでしょうか。

本当の気持ちを相手に伝えるのって結構勇気がいりますが、将来を考えるとやっぱりちゃんと本心を言うべなんですよね。

おまけ:あいみょんの言葉

-「マトリョーシカ」はどんなイメージから出来たものか?
あいみょん:「マトリョーシカ」は、シンプルに、マトリョーシカが気持ち悪いと思ったところから始まりました。あれは何がおもしろいんだろうって思っていたけど、途中で女性の2面性を表しているような、それに近いものを感じて。表では同じ顔をしていても裏では違う顔も持っているのかもと思ってその気持ちを重ねて書きました。

参考記事:COLORweb

 

-「マトリョーシカ」では、女性をマトリョーシカにたとえている。こういう比喩の使い方も新境地ですね。

昔からこういう表現方法は好きだったんですけど、自分の作品にはあんまりなかったかもしれないです。たまたま家にマトリョーシカがあって、怖いなと思って(笑)。不気味、気持ち悪いなと思ったのがきっかけで。外しても外しても同じ顔で、裏の顔を持っているというか、脱いでも脱いでも別の顔が出るのは女性っぽいなと。それが人間の裏表を表現できる気がしました。

参考記事:Real Sound

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